株式会社ヒロコーヒー採用情報

株式会社ヒロコーヒー外食アワード2015受賞

世界のカフェレポート World cafe report

私事ではあるが2017年に小社は創業40周年を迎える事ができた。

顧客と関係各位の引き合いに支えられてここまで何とかやってこれたというのが本音ではあるが、 「今後はこの愛顧に応える為にもしっかりとコーヒー文化の啓蒙に力を注いでいきたい」 こんな想いから懇意にさせて頂いているコーヒー文化学会のお誘いに乗って現在のコーヒー文化の発信地のひとつ、シアトルを訪問した。

今回の訪問の目的は三つ。
同時期に開催されている世界のコーヒー企業が一堂に会するカンファレンスに参加すること。

もうひとつがセカンドウェイブ〜サードウェイブのムーブメント発信地であるシアトルの今を見ること。

三つ目の目的は日本のコーヒー文化の始まりと深い関わりがある。
日本最初の喫茶店「可否茶館(こーひーさかん)」が東京に誕生したのは明治21年(1888)のこと。
店主の名は鄭永慶(てい・えいけい)という。 鄭は長崎の裕福な家に生まれ、当時ではまだ珍しい海外留学を経て帰国後に教職へ就いたものの、もともと持っていた山っ気が顔をもたげて実業家へ転身。 留学時に触れたのであろう海外の「カフェー」文化を日本に持ち込もうと「庶ハクハ仏蘭西芸文珈琲館二擬セン(フランスのカフェーのように詩人や画家のサロンにしたい)」と東京上野に「可否茶館」を開業する。

当時の新聞広告の切り抜きが残っている。

[可否茶館開業報條]
遠からん者は鉄道馬車に乗ッて来たまへ近くは鳥渡寄ッて一杯を喫したまへ抑下谷西黒門町二番地(警察署)隣へ新築せし可否茶館と云ツパ広く欧米の華麗に我国の優美を加減し此処に商ふ珈琲の美味なる思はず腮を置き忘れん事疑ひ無し館中別に文房室更衣室あるは内外の遊技場を整へマッタ内外の新聞雑誌縦覧勝手次第にて其価の厳なる只よりも安し咲き揃ふ花は上野か浅草へ歩を運はべらるゝ紳士貴女幸ひ来館を忝ふして当館の可否を品評し給へかしと館主に代りて鴬里の思案外史敬って白す定価カヒー一碗金壱銭半間牛乳入金弐銭

カフェ文化を日本に根付かせようとした鄭永慶の意気込みが伝わる何とも熱い文面だ。

ただ、パイオニアが初志を貫くことの難しさは今も昔も変わらない様で「可否茶館」の経営も軌道に乗ることなく4年で廃業となる。
その後の鄭永慶の足取りは長らく不明であったが、債権者から逃れる為に米に密航し、アメリカ西海岸でひっそりとその生涯を終えたことが分かっている。 そう、三つ目の目的はシアトルに眠る日本のカフェ生みの親ヘの墓参である。

シアトルは緯度が日本よりやや高いので気候的には季節が1〜2ヶ月巻き戻った様な印象だ。
訪問は4月であったがまだまだ肌寒い。

シアトル訪問は自身4度目となるが、雨で名高いRainy Cityはいつも晴天で出迎えてくれる。
晴れ男の面目躍如といったところか。

シアトル郊外の高台にあるレイク・ビュー墓地の一角にある鄭永慶の墓で手を合わせながら、カフェーを日本に根付かせようと孤軍奮闘したであろう鄭永慶と私自身の40年前の姿を合わせ見て当時の怖いもの知らずを恥じると共に羨ましくも思う。


旅の安全と収穫を業界の始祖に願いつつ、この後アメリカ最大のカフェタウンへ向かった。


インディペンド系のカフェが集まり、各ブロック毎に人気のカフェが連なるシアトルの街並みは「アメリカのコーヒーの首都」とも呼ばれるらしい。

いまや世界一のカフェチェーンとなったスターバックスの創業もこの地である。


旅の目的のひとつであるSCAAの大会は市の中心にあるコンベンションセンターで三日間に渡って行われていた。
世界中から生産者、輸出入業者、加工&サービス業者が一堂に集まる様は毎度のことながら壮観の一言。 関連産業人口が世界で最も多いのがコーヒーであるというのもこの光景をみれば納得出来る。

筆者がなにかと雰囲気に圧倒されがちなこのカンファレンス視察時に心がけている点がひとつある。
「今を知ること」
コーヒー業界ほどここ20年間、イノヴェーションのプレッシャーにさらされて「進化」している業界はないのではないか? カップのプロファイル確立から生産メソッドの改革、ハードの進化と枚挙にいとまがない。

これら情報をアップデートしてその「進化」を咀嚼して取り込む。
この「進化」無くしては創業40年企業がこの先、社会のニーズを掴めるとは考えられないと考えるからだ。

今回感じたのはここ数年のトレンドとなっている生産地域をより細やかに管理するマイクロ・クロップ化がよりグローバルな取り組みとなってきて、主要コーヒー生産国以外の動きが非常に活発化していること。今回のSCAのメインスポンサーとしてアフリカの一生産国が巨額のスポンサードを行なっているのを見ても今後この動きはより顕著になっていくだろう。

そしてもうひとつがオートメーション化。
人間が行う仕事の約半分が機械に奪われる―英オックスフォード大学でAI(人工知能)などの研究を行うマイケル・A・オズボーン准教授が著した『雇用の未来―コンピューター化によって仕事は失われるのか』という論文が発表されて世界中で話題となったのを覚えておられる方もいるのではないか。

同論文の凄味は、702の職種が機械に取って代わられる確率を仔細に試算したことにある。
これから確実に「消える職業」を示したに等しく、これが産業界に衝撃を与えた訳で当然コーヒー産業も例に漏れない。
たとえばこの論文によるとバーテンダー、バリスタ業が10年程度で無くなる確立は77%らしい。
だからという訳ではないだろうが展示会場ではドリンク抽出マシンやオートパイロット機能付ハードの充実が目についた。

『スターバックス リザーブR』

人とのふれあいに魅力と意義を感じてこの業界に入ってくる若い人にはショッキングな話ではあろうが、10年後にカフェのカウンターにはスタッフに代わって自動販売機が並ぶ、といった光景になると言いたい訳では無い(当然そんなショップもお目見えするだろうが)。
こういったものを取り込んで「進化」した先にどんな形が出来るのか?
そのヴィジョンを自身の中で明確にする為にも「今を知ること」が重要なのだ。

このコンベンションセンターから少し入った所に「アメリカのコーヒーの首都」にふさわしいホワイトハウスが近年出来た。

モダンな高層ビルやコンドミニアムの建設が急ピッチで進むダウンタウンから奥まった所にあるパイク・ストリートは日本の景観保存条例に似た法令で建物の特徴的要素をすべて保存することを開発の条件と定めてられている為に他の通りから時代に取り残された様な雰囲気がある。

ここにシアトル創業のスターバックス社がかって自動車販売店だった1920年築の建物を最大限に活かし、新しいスターバックスブランドの旗艦店を立ち上げた。

希少価値のある高級コーヒー豆を扱うブランドのフラッグシップショップの外壁は建築時ほぼそのまま、屋根の上にはリザーブRのロゴのネオンサインがあるのみ。
総面積1万5千平方フィート(1394平方メートル、約422坪)のさながら巨大なコーヒーテーマパークといった趣だ。

焙煎工場に備え付けられた焙煎機は50&250ポンドの2機。焙煎されている豆の名前と原産地が古風なディスプレイに表示され、トイレの洗面台からもその工程の一部が見えるように設計するなど、徹底的に"あらゆる角度から見る面白さ" を追求してテーマパーク化しているのだ。このコーヒーワールドにはプロのコーヒーマンも見事にやられてカンファレンス視察にきたのに三日間この店舗に入り浸っていた同業者も少なくなかった(彼らは出張報告書に何と書いたのだろう笑)。

過去、スターバックスはブランディングの失敗からの苦い経験を持つ。
あまりに出店ペースを加速しすぎて「角を曲がればスタバがある」と言われるほどの店舗数を誇りつつもそのブランドはファーストフードと同列に捉えられ、頼みの綱の味も日本のIT企業が行なったコーヒーのブラインドアンケートでコーヒーの企業でまとめられるならまだしもファーストフード店と飲み比べても順位が低い結果が出たりしていた。

時代はインディペンデントのサードウェイブカフェが生まれてまさに新しいムーブメントが生み出されている真っ最中。スターバックスはこのまま町のファーストフード店へシフトチェンジしてもおかしくはなかった。
いや、むしろその方がまだマシだとすら筆者は感じていた(筆者がレア柄のスターバックスカードを愛用しているファンだというのは社員周知の事実)。

ムーブメントを咀嚼しきれずモノマネだけのサードウェイブカフェブランドを立ち上げて失敗したケースの何と多いことか。20年前に市場の片隅でセイレーンマークの入ったワゴンでコーヒーを売っていた頃に初めて飲んだ頃からの一ファンとしてはスターバックスが「なんちゃってサードウェイブ」をやることが許せなかったからである。
しかしそうはならなかった。

スターバックスは自らのアイデンティティをヒントに「サードウェイブ」を自らに取り込んだ上で新しいブランドを提案してきたのだ。
『スターバックス リザーブR』 の店内を見るとそれがよくわかる。
リノヴェーション物件であることを逆手にとって創業時のロースティングカンパニーとしてのイメージをヴィジュアルで表現することでカフェシーンを「巻き戻した Re:wind」のだ。
最新の管理システムをとりつつ、焙煎機は老舗メーカーのプロバット、意匠に革や真鍮を多用し、マテリアル類もアンティーク風の造りとこだわりは徹底している。

町のセルフカフェとしてとらえていた若い世代もこのショップに足を踏み入れれば、新業態や懐古趣味ではなく創業来のスターバックスの理念が色濃く出た結果であるのがすぐ理解できるだろう。

新しいスタイルを打ち出すことに重きを置いているサードウェイブカフェのムーブメントに対してのスターバックスの回答が時代を巻き戻しての「原点回帰」である。
なんとも痛快ではないか。

辞書によると「進化」とは「事物が変化してより優れたものや複雑になること」。
「進化」には何も新しいものにならなければならないといった定義はないのだ。
「進化」はただ単に新しいものばかりではなく時に先人が見い出したスタイルを「巻き戻して」磨き直し、時に融合させることによっても形づくられる。

そして、我々の「進化」は次代へつながり、やがて伝統へと昇華されていく。?我々はこれからも歴史の1ページを創る仕事へ挑戦し進化を続けていかなければならない。
創業40年を迎えた自身のブランドを振り返り、41年目からのテーマがはっきりとした収穫の多い視察となった。
日本のカフェ創業者への墓参のお陰と感謝しつつ筆を置きたい。

最後に『スターバックス リザーブR』 の創業にあたりハワード・シュルツ最高経営責任者(CEO)兼会長が寄せたコメントを記す。

「このロースタリーは、長年にわたる夢の実現。そして次世代のスターバックスの始まり」

株式会社ヒロコーヒー代表
焙煎責任者 山本光弘

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