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農園紹介
ライトハウスカフェ 2
2007.5.17

看板娘
このライトハウスカフェ雰囲気も最高でしたが、何よりも店を和ませてくれていたスタッフ、看板娘でしょうか。
カウンター越しの写真にもいやな顔をせず、キュートに答えてくれました。

バリスタに人気のこのお店、シアトルに行く機会があれば是非お立ち寄りください、必見です。

シアトルのカフェ
2007.5.17

ライトハウスカフェ
14年ぶりにアメリカのシアトルに視察に行ってきました。
14年前まだ日本にスターバックスもタリーズも無かった頃、シアトルのカフェめぐりをしたことを思い出しました、

そのときにカフェヴィータに行き、カフェから望める焙煎室に衝撃を感じたことを思い出し、なんかすごく懐かしかったです。

当時は、アメリカのカフェが、コーヒーにこだわりまた、焙煎機を店内に設置するようなことをしているとは、思ってもいず
またオープンにおかれている焙煎機と店内カフェが見事に店のキャラクターを出していて、本当に衝撃でした。

そんな影響を強くうけ、絶対に工房とカフェをマッチさせた店を作ろうと思い、今のいながわ店になったのです。

今回視察も、二日間という、スケジュールのなか大変沢山のカフェを巡ることができました。
写真のカフェは、シアトルの郊外住宅地にある、今シアトルのバリスタ連中から一番の評価を得ている店、ライトハウスカフェです。
お店などない住宅街にポツンと立つこの店は、店内に焙煎機を置き、専門もバリスタが小気味よくエスプレッソを抽出しています
大変アットホームで、私たちのオーダーや豆の注文にも笑顔で答えてくれ、すごく和める店でした。
私たちのエスプレッソの評価も群をぬき一番で、スペシャルティーコーヒーを使用した絶品でした。

シアトル視察
2007.5.17

鄭永慶氏のお墓
今回のシアトルのカフェ視察には、もうひとつの目的があり、私にとっては大変なサプライズでした。

日本で始めて喫茶店を開業した人、鄭 永慶 その人の墓地におまいりできたことです。
明治21年東京に、可否茶館という店を開業チェーン店として一世を風靡されましたが、数年後には経営が成り立たず倒産、
34歳のときに西村鶴吉と名乗ってシアトルに密航、その後の消息は不明でした。
その鄭氏の生涯を追った星田氏(珈琲文化学会)の著書「日本最初の珈琲店」を偶然みられた、野口さんという方が、興味を持たれ
シアトルの新聞社の横山さんに依頼、横山さんのおかげでシアトルにあるキャピタルヒルにある墓地に鄭氏のお墓があることがわかったのです。

シアトル発のカフェが人気を集めている日本で、最初に珈琲の魅力を日本で広めようとした人が、シアトルに眠っている、何か因縁めいたものを感じずには
おれない思いでした、お墓の前で手を合わせ奇妙な感動を感じました。

今となっては、鄭氏の意思を想像するばかりではありますが、きっと珈琲を通じて、人が集い、語らい喫茶という文化を広めていかれようとしたのではないでしょうか。

SCAAロングビーチ大会
2007.5.15

会場
LAロングビーチで行われた、SCAAの大会に行ってきました、SCAA本部のある地ロングビーチは日差しが強くまさにアメリカ西海岸
という感じで、大会も大いににぎわっていました、….が、実際わたしが感じたものは、マンネリ感と行き詰まり感でした。
どのブースもこれといって新しいものも無く、今アメリカのスペシャルティーコーヒーはひとつの過渡期に来ているのではないかと
感じました。
ただ特に目立ったのは焙煎機のメーカー、特に小型の焙煎機の展示が多くあり、これからスペシャルティーコーヒーも裾野を大きくしていく
兆しではないかと思いました。


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