農園紀行 Single estate
これは今から90年前に新天地を求めてブラジルへ旅立った日系移民達の父といわれた上塚周平の詠んだ句です。
1909年、夢と希望に胸を膨らませた第一回移民781名を乗せた笠戸丸がブラジル サントス港14埠頭にその船体を横付けしました。
これは今から90年前に新天地を求めてブラジルへ旅立った日系移民達の父といわれた上塚周平の詠んだ句です。
1909年、夢と希望に胸を膨らませた第一回移民781名を乗せた笠戸丸がブラジル サントス港14埠頭にその船体を横付けしました。
彼等はまず、サンパウロ州立移民収容所に入りその後奥地の農園に入植します。
そこで彼等をまっていたのは言語に絶する程の厳しい労働でした。
「金のなる木を育ててみないか?」そんな言葉に誘われた彼等の多くは東北や北海道での苛酷な労働から逃れる為にブラジル行きを決めたにも関わらず現実は彼等の想像していたのとはまるで違う地獄の日々。
気候も習慣もまるで違い不作、風土病、排日運動、そしてその後の戦争という地獄の辛酸が続いた中頼れるのは共に新天地を求めて故郷を後にした移民の仲間達だけでした。
ひたすら生きる為だけに耐え忍ぶ日々の中、上塚周平の句は自然に生まれたのでしょう。

近年、彼等の2世、3世が目ざましい活躍をみせコーヒー産業はもとより、ブラジル国内で大きな力を持ち彼等日本移民団の評価も見直され日本とブラジルをむすんだ功労者として再評価されていると聞きます。

そんな世界一のコーヒー生産国ブラジルを訪問する事は日本人として、そしてコーヒーを生業とする者として長年の私の夢でした。

店頭ではそのブラジルでの視察の模様をビデオでご紹介していますがご覧になれない方の為にここでは文章でご紹介しましょう。

 

契約しているボタニカ農園のパウロ氏と
  ブラジルは伝統的に品質よりも 生産量を重視する傾向にあり個性に欠けたコーヒー豆の多い国でした。
その結果、ブラジル・サントスに代表される画一的なものを大量に輸出したり単なるブレンドの増量豆の様な使われ方をされる事も珍しくなかった様です。

しかし近年この流れが変わり従来のブラジルコーヒーとは違う全く新しい高品質コーヒー豆が現れました。

ブラジル・ミナス・ジェライス州セラード高原で栽培されるセラードコーヒーです。


ブラジル・ミナス・ジェライス州中東部に広がる日本の面積の約5倍にもなるセラード高原。(左図)

南北200キロ東西200キロのエリアで生産される高品質コーヒーです。
もちろんセラードコーヒーが高い評価を得るのには理由があります。

それは、        
雲の上に広がるコーヒー農園
セラード高原の標高は平均1000m。
我々が契約するボタニカ農園では雨の日には農園の下に雲がかかるといいます。
結果、日中と夜間の気温差 が大きくなり、香り高くひきしまったコーヒー豆の生育に最も適した理想郷となるのです。
しかも広大でフラットな丘陵は日光も均等に当たり、粒ぞろいの豆が育ちます。
 
太陽の恵みで育む
セラード高原は南緯17度。
赤道に近いため日照時間が長くコーヒー栽培の大敵となる霜害がありません。
太陽の恵みを存分に受けた力ある良質の豆が安定して生産されます。
 
実は水の都
農場一帯の土質は水はけが良く、表下層は保水性の高いポーラス状で地下水脈が高い位置にあるので標高1200m程度の位置にあるボタニカ農園では灌漑設備すらなく、逆に敷地内のカルデラ湖の水を「セーラ・ネグラ」のブランド名で販売していました。
コーヒーの木そのものが自然にパワーをもって成育するのです。
         
メリハリの効いた風土
年間の降雨量がほどよく平均しており食物が育ちやすい風土です。
特に収穫期には雨が少なく、豆が発酵したりカビが発生したりなど雨の影響によって味が変質するといった心配がありません。
 
日本式農業技術の結晶
そしてなによりこのセラードがセラードたる由縁はその理想的な生産・収穫環境にあると言えます。
これはセラードコーヒーの生みの親であるブラジル移住100年の歴史をもつ日系人が近代的な農業技術を積極的に取り入れた事が大きく寄与しています。
土を大切にし、作物を愛する日本式定住農業の考え方が地球の裏側で花開いたのです。
   
カセール(セラードコーヒー生産者協議会)の存在

セラードでもコーヒー豆の品質は各農場によってまちまちになります。
コーヒー豆として出荷する場合、各農場の生産工程に差があると品質に大きな影響が出て地域のイメージにも大きなマイナスになります。
それを補うために、セラードでは一帯で農場を営む17名45農場が結束してカセール(セラードコーヒー生産者協議会)を設立し品質の維持・向上、安定供給を図っています。
ここではコーヒーでは初めて生産地品質保証書の発行も行うという快挙も成し遂げました。
前述の通りセラード高原はコーヒー豆の栽培に非常に適した場所であることは言うまでもありません。
しかし、その恵みをさらに美味しくしている要因はこの地で行われている近代的な精製法にあります。
その歴史はまだ浅く、20年ほど前から始まったばかりですが、高い収穫高・高品質を保ち、国内外の農園から注目を浴びているカセールの管理工程をご紹介しましょう。

 

エキスポカセール。
セラードコーヒーの集積基地も兼ねたカセールの中枢。


生育
理想的な生育環境にあるセラードですがやはり天候によっては人の手が入ります。
主な所では灌漑設備の使用がありますが比較的低いところにあるカセールの加盟農場では(それでも標高900m)
視察時には2ヶ月雨がないという事で巨大なシャワー車で農園全体に雨を降らせていました。(右写真)

平坦な土地が多い特徴を最大限に生かした大型機械の積極的な導入はカセールの得意とするところです。
この他、木の根本にホースを這わせて水を与える点滴灌漑法は導入コストとの兼ね合いがありますが、蒸発分を考えずに効果的な灌漑が出来ると取り入れる生産者も多いとの事でした。

 

一番向こうが見えない程長い散水機。
タイヤひとつづつがモーターで動く自走式です。


収穫    

丹念に完熟豆を選別、収穫していました。
とにかく手のかかる大変な作業です。
  収穫には、手摘みの方法と収穫機による収穫方法があります。
手摘みはコーヒーの実を手でしごいて収穫していく方法です。(左写真)

この方法はとにかく完熟豆だけを選別出来る事に尽きるのですが果てしなく続くコーヒー園をひたすら収穫していくことは大変な重労働でいったいどれだけの労力を必要とするかしれません。
カセールでは「人の手」を超えた高性能収穫機(完熟実だけを摘み取ることができる)の使用を推進していました。
この機械は1000人分の労働力があるそうです。
見た目は日本の稲刈り機に似ていますが大きさは5倍はあるでしょうか。(下写真)

機械の先に付けられた大きなナイロンブラシの固さを交換して完熟豆だけを落としたり全てを収穫したりと調整が効くそうです。

左: 収穫機はとにかく大きなもので運転席に登るのも一苦労。
右: コーヒーの木を豪快に丸ごと機械で覆って実を収穫していきます。
 


ラバードール(水洗・選別機)
収穫後の豆はすぐに果肉を除去しないと腐り、香味に大きな影響を与えてしまいます。
収穫機によって収穫された中には豆だけでなく石片、土、木片、小枝などが含まれています。
この水洗機械で収穫後のコーヒーチェリーを水洗いして、表面に付着した汚れを落とすと同時にこれら不純物を分離除去します。
豆を水に通した時、黒く完熟した豆(ボイヤー)は軽いため浮き、そのまま別ルートに送られます。
(ボイヤーはそのまま乾燥場へ送られる)赤く熟した豆と未熟豆は次の工程へと送られます。


デスポルバドール(果肉除去機)
この工程ではコーヒーの果実が速度の違う2本のローラーの間を水と共に通過し、果実を分離する仕組みとなっています。
赤く熟した豆は外皮が柔らかい為、この回転式皮ムキ機のドラムの中で容易に果肉除去され次の工程へと進められますが、未熟豆は青くて硬いため果肉除去されずローラーに弾かれて除外され、ここで赤い豆と分離されます。
 

上: 巨大なラバードールシステム
下: 豆は右から左に流れて不純物が除去されていきます。

デスムシラドール(滑り除去機)
果肉除去された豆の表面には果肉成分である滑り(ムシラージ)が付着しています。この滑りを取らないと発酵してしまうので、この段階で少量の水を使い機械的に除去します。
そして洗浄されたパーチメントになり、乾燥場に送られます。
未熟豆は2級品として、国内用として使用されます。

※ブラジルを除く中南米ではフル・ウオッシュドを利用しています。
フル・ウオッシュドでは滑りをとる段階で発酵槽を用います。
発酵槽に半日から1日浸けて発酵させ滑りを取るのですが、この場合大量の水を使用する為、使用後の廃水が周辺環境に悪影響を与え社会問題になっています。
セラードは環境の事も考えていることが伺えます。

 

乾燥現場 (サンドライ、ウィンドドライ)
水洗で選別された豆は、すぐに乾燥場に運ばれます。この段階でいかに水気を取るのかが重要になってきます。ここで豆を広げ、均一に太陽の光に当たるようにします。
しかし、そのままだと太陽の光が当たっている所と当たっていない所で気温差が生じる為、また空気中の温度とコンクリートの温度差により発酵してしまう可能性があるので定期的にきちんとした攪拌が必要になります。(右写真)

また現在セラードではWind Dry(ウィンド ドライ)高床式という手法を積極的に取り入れています。(下写真)
ムラの生じにくいこの方式は今後主流になるかもしれません。
 

サンドライ(コンクリート)
高温になりがちなので攪拌作業にも気をつかいます。

 
左: ウィンドドライの様子。
右: 丹念に攪拌して乾燥ムラをなくします。
棚は風通しを良くするため大きな網目のナイロン布で出来ています。



セッカドール(乾燥機)    

一度に約4トンの豆が乾燥出来るドライヤー。


様々な農園でユウカリの木は見かけました。
根元が白いのはシロアリ除けだそうです。
  大きな回転ドラム内に、生乾き状態のパーチメントを投入し、熱風を利用して低温(約40度)で水分の含有量が12%前後になるまでゆっくり乾燥させます。(左上写真)

その後パーチメントの状態で水分を安定させる為専用倉庫で保管されます
ボイラーでそこから熱風を送り込み、その燃料としてユウカリの木が用いられています。
ユウカリの木は一度伐採してもすぐに成長するため色んな農園で栽培されているのを見かけました。(左下写真)
環境を大事にし、効率よく再利用している点も、カセールの大きな特徴でもあるといえます。


*天日乾燥だけ、乾燥機だけというより、この様に二つの乾燥方法を併用した方が安定性があります。
※低温乾燥させる事で豆の胚芽が生きたままの状態となり、パーチメントの状態で長い間鮮度を保ったまま保存が可能となります。


脱穀・選別
このままずっと保管していても意味がありません。
この次の工程として脱穀を行います。(右上写真)

この時点でのコーヒーはパーチメント(内果皮)に覆われていて、これを脱穀するとコーヒー豆(生豆)が現れます。私達が飲んでいるコーヒーはこの状態の豆を焙煎して飲んでるのです。
最後に精選された豆の欠点豆や異物を除去する作業が選別です。
例えば、振動による比重選別やカラー選別などが行われます。(右下写真)

 

脱穀機


比重選別器


品質検査には鑑定士による厳格なテストが行われます。

  このようにして様々な過程を経て最後にカップテストを行い、それに合格できたコーヒーだけが輸出されます。(左上写真)


このカップテストはコーヒーのうまい、まずいを判断するのではなくコーヒーの欠点を指摘する事を指します。(ネガティブテスト)
(左下写真)

ブラジルではこの判断が一般的で欠点がなければ良いという風に感じ取れましたが、このセラードでのカップテストは、
★評価が最高級のストリクトリーソフトである事
★カップコーヒーに濁りがなくファインカップである事
★味の強さとしてボディーがある事
を基準としており、一般的なブラジルのカップテストの基準と比べ厳密なものでした。














上: セラードで行われたカップセッション(品評会)の様子。
アメリカやヨーロッパの大手ロースターからも多数バイヤーが参加していました。
下: カッピングは普通のドリップではなくこの様に粉を湯にまるごと浸した液で行います。

その後セラードの農場で生まれ育ったコーヒー生豆は、見知らぬ国や土地で人の手に委ねられる訳ですが出荷後もその管理は続きます。

彼等は豆の生育と品質に関する情報を随時追跡できるセラードT.O.Cプログラム(CERRAD TRACEABLE ORIGIN COFFEE PROGRAM)と呼ばれる独自のシステムを持っています。

これは世界的に食の安全が考えられる中、様々な管理・認証機関が求めるトレーサビリティ(履歴追跡)の考え方に準じたもので現在までの研究成果を積み重ね、独自の高級品質生豆を継続的に供給する体制の確立と、購入者が生豆誕生の由来などに理解を深められるよう考えられた証です。
品質に徹底的に自信とこだわりを持つカセールならではの活動といえるでしょう。

 

出荷を待つコーヒー達。
麻袋には全て管理用バーコードが縫いつけられていました。


いかかでしたか。
最後にこのセラードコーヒーを日本に輸入するにあたって我々ヒロコーヒーの独自の取り組みとして行っているリーファーコンテナ(冷蔵コンテナ)の使用についてご説明します。
通常、コーヒーはベンチレーションコンテナと呼ばれる簡単な通気口が空いただけのコンテナで船積み・集積港保管されますが夏場ではかなり過酷な状態になる事もあり、コーヒーにとっては必ずしも良い保管法とはいえません。
これを冷蔵保管する事で周囲の環境に影響されることなく通年ベストな状態を保つ訳です。
我々は最高品質の豆には出来る限りの管理法を取り入れるべきだと考え、リーファーの導入で(日本到着後の神戸港での17℃定温倉庫管理も含めて)これを最大限実現しています。

こうして最高の品種、最高の管理、そして最高の焙煎技術が備わったコーヒーは関わった全ての人間の思いがこもった最高のコーヒーとなります。

今回はるか地球の裏側で同じコーヒーに情熱を傾ける人たちと触れ合う機会をもてたのは自身にとって大きな収穫でした。
今後もヒロコーヒーは積極的に現地の生産現場に目を向けてよりよい商品をご紹介していきたいと考えています。

ヒロコーヒー
焙煎責任者 山本光弘