農園紀行 Single estate
            
我々、コーヒーロースターの多くは「プライド・コーヒー」なるものを持っている。
これは、いわゆるハウス・ブレンドの様な『一番のおすすめ』的なものとは少しニュアンスが異なり、 そのロースターのコーヒーに対する信念、情熱が注ぎ込まれた妥協のないカップの事を言う。


 
ヒロコーヒーでは創業来、販売するストロング・ブレンドがこれにあたる。
そしてこのストロング・ブレンドの味創りに欠かせないのがインドネシア産アラビカコーヒー『スマトラマンデリン』だ。
我々の代表的なカップのベースとなるマンデリンはどんな人たちが、どんなところで作っているのか。
自分自身のコーヒーに対する信念をより明確にする為に、これほど重要な土地はない。
コーヒーマンとしてのプライドをかけたカップを再確認する為、私は機中の人となった。
今回のミッション・テーマは二つだ。
1、マンデリンの産地を自身の目で確認し現在取引しているサプライヤーを訪問する事。
2、インドネシア最大手のサプライヤーにおいてサステイナブルコーヒーに対しての取り組みを視察する事。

まずはシンガポール経由で今回の拠点となるインドネシア第三の都市メダンに入る。       

■タケンゴン アラビカ産地訪問

翌日から第1クールスタート。
メダンから北スマトラ州のさらに北端部、アチェ特別州中央部高地部のマンデリン産地を目指す。
がここでトラブル発生。予定していたフライトがこの度の経済危機から廃止となり、車でのアクセスしか出来ないとの事。
距離にして約500キロ。フライトなら約40分の旅も車だと12時間の一日仕事となる。
産地訪問にトラブルはつきものだが、さすがにこのロスは痛い。

この第1クールのアテンダントは現地の集荷業者ダフィ氏と我々が取引しているサプライヤー、パワニー社のリオ氏。
ダフィ氏の運転で中部アチェ郡のタケンゴンを目指すが…



右よりリオ氏、ドゥアン氏、ダフィ氏、筆者、
キャラバンサライ代表 西岡氏、石光商事 三木氏
   


日本でこの乗り方をすれば1キロも走る前に警察の厄介になるだろう。
ただ現地の標準的な運転な様で隣で座っているリオ氏は平気な顔だ。
行程を考えれば車中で休息を取りたい所だったが、もしもの事を考えて手足を踏ん張り衝撃に備えつつ、12時間必死に笑顔をキープする。
やはりタケンゴン到着は夜半となってしまった。


やはりタケンゴン到着は夜半となってしまった。

                


  アチェはアジア最大のアラビカエリアでマンデリン生産量全体の70%余程度を占めている。
コーヒー産地の主要地域となる高地は特にガヨ高地という名称で呼ばれており、目指すタケンゴンの高度は1200m。
優れたコーヒーエリアとしてダフィ氏が自慢するだけあってコーヒー栽培に必須の高度が十分にあり、どこを周っても1000m以上を確保されているという安心感がある。
今回の訪問エリアはベネル・メリア県のシンパン・ティガ・レデロン村。 良質のコーヒーが生産される地域である。 平均的な農家の栽培面積は1.5〜2ha。あるエリアは3〜4haが一般的。
インドネシア全体平均では農家一軒あたりの面積が1haを割っているので比較的広い面積を割り当てられているといえる。 また、作物全体における全生産物におけるコーヒー比率は明らかに高い。ほとんどのエリアで見渡す限りコーヒーという風景がみられた。
農園はどこもシェードツリーが適切に配置されており丁寧にケアされているといった感じの風景。山間に農地が連なりグァテマラを思わせる。地域全体で自然農法が守られており、地域には害虫の心配もないという。(そもそも農薬使おうにも売っていないらしい) 見事なシェードが配置された農地が目立った。 また、この地域では変わった剪定方法をとっていた。 樹々はちょうど収穫しやすい高さ(150-60cm程度)から下方に折り曲げられている。 折り曲げた箇所は特に葉の茂みが重なり木の内部の通気や日当たりを阻害するで、葉を少し間引いて剪定している。色んな樹形を見たが初めて見る形だ。 地域に導入された交配種が非常に葉のつきの多い品種であったことからこのような形になったものと思われる。
              ここで、そもそもマンデリンという豆はどの様なものなのか、ご説明しよう。

ポイント1、スマトラ式精製

マンデリンをマンデリンたらしめる重要なファクターとしてスマトラ式、マンデリン式とも呼ばれる特殊な精製処理がある。
スマトラで栽培されるアラビカは全てマンデリンと呼ばれるが厳密にはその特殊な精製方法で区別されているケースが多い。

 行程1 生産農家/産地
(1)赤熟した豆のみが手で摘み取られる
(2)伝統的な手回しパルパーやマシンを用いて果肉が除去される
一夜ほど置いたあとパーチメントが水洗される

 
行程2 集荷業者/産地
(1)天日にて半日程度乾燥
(2)脱穀機によりパーチメントを除去
(3)再度、水分値(約15%〜18%)まで天日乾燥(場合により+機械乾燥)される

行程3 輸出業者/輸出業者
(1)水分値13%以下まで乾燥される
(2)(スクリーン+)比重選別機に掛けられ未熟豆(軽豆)、割れ豆が除去される
(3)電子選別機に掛けられ黒豆や虫食いが除去される
(4)ハンドピックを行ない粒揃いを均質化させる
(5)パッキング〜出荷

この特殊な精製により、独特の深緑色の生豆に仕上がり、広い大地を想像さ
せる香りとしっかりとした苦味、深いコクを有する様になる。

 

集荷業者で規定の水分値まで乾燥される
   

農家の乾燥行程は庭先が基本

  ポイント2、各チャンネルの仕事

マンデリンの栽培は小農家で栽培が基本だ。当然大規模な機械の導入も出来ないので収穫は手摘みが基本。
通常、他の産地であればそのまま集荷業者に渡るのだが、現地では各農家が果肉除去〜水洗〜乾燥処理を行う。
味を決定づけるプロセスを集約していないという事に若干不安は残ったが、
それも含めてマンデリンだと納得させるだけの個性が出るのもこのプロセスだ
ポイント3、品種
地域の代表栽培品種はジェンベル(Jember)、アテン・ジャントゥン(Ateng Jantung)、アテン・スーパー(Ateng Super)、ティモール・ティムール(TimTim)。 タケンゴンではまずアテン・ジャントゥンが導入されたあと、最近はアテン・スーパーへの転換が進んでいる。

@ティモール・ティムール(TimTim)
TimorTimurの略称で、ほとんどの生産者がティムティムと呼んでいて現地ではこちらの方が通りが良い。豆の形状は細長く、葉は大きく多い。若葉は黄色みを帯びている。

Aアテン・ジャントゥン(Ateng Jantung)
アテン種よりも実が大きく、特に長い形状が特徴である。ちなみにJantungとはインドネシア語で心臓のことである。葉は大きくよく茂る。若葉は浅い緑色をしている。


 

たわわに実ったコーヒーの実。実に旨そうだ
Bアテン・スーパー(Ateng Super)
ジャントゥン種と同様に実が大きいが形状は特に細長いということでない。太った感じがする。葉は大きいがジャントゥン種よりも葉のつきが少なく、内部まで日光の当たりがよく、風通しがよいという優位性がある。ある生産者で聞いた話では、アテン・ジャントゥンは同じ品種で樹のキャラクターがある程度まとまるが、アテン・スーパーではいろいろなキャラクターが表れるという。

インドネシアにはこのようにインドネシア語名が用いられた独自の樹種が多い。
もともとジャワ島で開発されたジェンベル種というカチモールがこの地に入ってさらに改良されたという経緯もあるようで、その地域ごとで独自の名称を持つこともあるようである。生産者からはアテン・スーパーは品質が良いという自信の言葉が聞かれるが、大粒は品質が良くうまいという多少の迷信めいたものもあるかも知れない。どういう交配を重ねたのか、またそもそもの親は何の品種なのか、生産者の説明にもかなり浅いところに限界があって深く知ろうとすればするほど非常にもどかしい。

      

○地域のコーヒー消費
彼らが日常飲んでいるコーヒーはKopi Bubuk。
訪問する先々の生産農家で聞いた答えなので特別なのかも知れないがコーヒーはスーパーなどで購買せず、自家焙煎。台所で通常の調理用なべを用い焼き上げる。方々の訪問先でBubukのおもてなしを受けた。

Kopi Bubukのレシピ
1 カレースプーンでコーヒー1杯:砂糖2杯をカップに。
2 そのままガチャガチャかき混ぜる。
3 ジャバジャバ湯を注ぐ(適量、もとい適当)
4 上澄みをすすって飲む  *屋台で注文すると2,000ルピア(17-8円)

 

農家の皆さんとKopi Bubukで乾杯!

○地域の様子
排他的な強いイスラム地域というイメージがあったが全くそんな事はない。
人々は非常におおらかで良くしゃべり、そもそもイスラムの一日5回のお祈りをしている人間を滞在中ただの一度も見かけなかった。
ダフィは「俺はお前達日本人の接待をしているからいいのだ」と理由をつけていたが何かにつけて言い訳を作ってルールの抜け道を探す姿が微笑ましい。
その他、豚は食べたら駄目だけど知らなかったらいいとか、日本の女の子はイスラムの女みたいに顔隠してないからいいなぁとか皆で真剣に語ったり、とにかく非常に人間的でそういう意味ではコミュニケーションがとりやすい人々だった。

長時間のドライブで疲れたろうと行程の最後にはタケンゴンの温泉に案内して頂いた。
露天風呂と公衆浴場、それに市民プールがごっちゃになった様なものか。
ただ、強い炭酸泉の泉質の刺激は中々のものだ。
そして温泉の周りに迫った山の樹形をよく見てみれば…コーヒーの木だ。
コーヒーの木に囲まれながら温泉に浸かる。コーヒーマンとしてこれほど至福のひとときがあるだろうか。疲れた身体をゆっくり暖め、タケンゴンを後にする。

その後、ダフィの運転でインドネシア第三の都市、メダンまで戻る。

 

方々でこの様なおもてなしを受けた

■メダン パワニー社訪問

当社の扱うスマトラマンデリン・トバブルーのサプライヤー、パワニー社のバハリ・タンディ氏と面談。同氏は「マンデリン」、「トバブルー」の名付け親としても知られ、タケンゴン・エリアの良さを認めて特殊な商品を除いては、ダフィからのみ購買している。ちなみにダフィもパワニー社以外に販売しておらず、一対一の絶対的な信頼関係でつながっている。日本にいてはなかなか理解できない原料手当ての実際も訪問ミッションではよく理解できる。

ここでパワニー社関連の第1クール終了。ダフィと別れる。
ありがとうスピードスター、ダフィ。君の運転する車には二度と乗る事はないだろう。

 

パワニー社の皆さんと。(左から3人目がタンディ氏)
■サリマクール社訪問

メダン市内のサリマクムール社(以下サリー社)を訪ねる。同社は現在インドネシア国内で最大手のサプライヤーである。出迎えて頂いたのは代表のスーリョ・プラノト氏とコーヒーの責任者マリア・ゴレティ女史。お二人はご夫婦であり、最上のビジネスパートナーでもある。コーヒーをメインとする各種コモディティ(カカオ、スパイスなど)を柱に急成長を遂げた同社のオフィスは活気に溢れていた。

スーリョ氏は開口一番、「今回の経済危機の影響はどの程度だ?」と聞いてくる。
海外マーケットの需要に対してかなり先行投資を行っている様で、この急激な経済情勢の変化にかなり影響を受けているようだ。

続けて第2クールの目的であるサステイナブルコーヒーの確保の為、同社の現状に関してヒヤリングする。サリー社でもサステイナブルに対する取り組みはマーケットの要望もあり、非常に重要であるとの事、また現段階で本社工場ではオーガニック認証とレインフォレストアライアンス認証を取得、我々が訪問したのと同時期にグッドインサイド認証に伴う事務方が現地入りしており、こちらも準備中であるとの事。
そして、農園に関しては現地の小農家では認証に伴う様々な処理が農家の負担になると考え、100%子会社で新農園を設立。この農園で一元管理しサステイナブル認証を取得する計画だとの説明を受けた。その後、事務所に併設した大規模な工場を見学させて頂く。
      
コンベアを使った大規模なハンドピックライン。 こちらは昔ながらのざるを使用した選別風景。麻袋に詰められ出荷を待つコーヒー。
シディカランに作っている新農園に移動。

■Makmu農園訪問

サリー社の子会社が運営する農園。周辺にホテル施設がなく宿泊にゲストハウスを使用させていただく。1月に欧米系コーヒーチェーンが視察で使う予定で完成を急いだが経済危機で事業縮小の為中止。我々が第一号の宿泊利用客となった。
建設段階で認証を念等においていただけあって施設は非常によく整備されていた。
 

力強い葉色の苗が並ぶ
  種苗床
面積25ha 種苗数 300,000本
品種 USDA、Jember、Lini.S、S795、ティピカ、Rasuna、ロングベリー(アチェ)、トラジャなど13種類。多くは試験栽培され3年目を迎える。コロンビアティピカは土壌に合わないとみえ、結実の状況が良くないという。土を入れ替えてさらに様子をみるそうだ。
この農園で多い品種はロングベリー、Rasuna(いずれもインドネシアオリジナルの栽培品種)。ロングベリーはタケンゴンからの種苗というので、Ateng JantungかSuperのことだと推測される。またここでは生産効率の良い交配種を「Sigarar Utang(借金が早く返済できる)」というニックネームで呼んでいた。
タケンゴンもいいかげんなネーミングだったがここも同様か。


コーヒー農園
成長程度に合わせたシェードツリー(風避け、雨避け、日光避け)が非常に細かく植えられていた。現段階は品種別テストトライの性格が強く、最低でも収穫は3年後か。
3年後の成長に合わせてあらかじめシェードツリーが整備された農地。

精製工場
2008年9月にほぼ全ラインが完成。
時期的な問題と農園生産量自体がまだ整わないのでの少量ずつのテストランが行われているのみ。しかし今後の世界戦略を見据えたその巨大な施設には圧倒された。

 


 整然と並んだ乾燥機テニスコート6面はとれそうな全天候型の乾燥場       
以上をもって今回のマンデリン・ミッションは全て終了。

メダンへの帰路、車窓を眺めていると山間が突然ひらけると蒼色の水面が…。
トバ湖の鏡の様な湖面を眺めて気づいた事が。

フライトが使えずタイトなスケジュールとなった今回のミッションだが、考えてみればこのルートはマンデリンが世界に向けて送り出されるルートでもある。 その道筋を辿る事で見た事、感じた事は決して飛行機を使っては気づけなかっただろう。 写真20 キャプションなし 極彩色のモスク、視界2mのスコールを走り抜けたドライブ、旨さにうなったサテー。
そして 子供達が外国人に向けてくれた屈託のない笑顔。
どれもが素晴らしい思い出となり、今後マンデリンを扱う毎に、鮮やかに脳裏によみがえってくるはずだ。

 

園内のコミュニティで遊んでいた子供達
私がコーヒーマンとして、いずれ産地を再訪する事もあるだろう。
その時は、再びあのマンデリンロードを走ってみたいと思っている。


         ……いや、片道で結構(苦笑)。

ヒロコーヒー
焙煎責任者 山本光弘