農園紀行 Single estate
 
 

2001年。この年はコーヒーマンにとって忘れる事の出来ない年だ。

前々年から「投資ファンド」の対象となり、じわじわと価格が上昇していたコーヒー。
これに反応した世界の生産国の多くは増産体制に入りマーケットに応えようとしたが、2001年ファンドがコー ヒー市場から引き揚げた時に「それ」は始まった。
後に「コーヒークライシス」と呼ばれる未曾有の大暴落でニューヨーク市場は生豆1ポンド41.50セントの最安値をつける。(これは1975年ブラジル霜害前の価格45.25セントをさらに下回る)結果、コストすら回収出来ない価格を押し付けられて生産者はコーヒーから離れ、価格上昇で疲弊しきっていた消費国はこの最低価格を享受した。(当然原料価格の高騰に対応出来ず廃業となった小売り業者も多数あった)

今、この「コーヒークライシス」を引き起こした価格高騰以上の波がコーヒー業界を襲っている。

 
 

2011年、ニューヨーク市場での先物価格は年初価格の2倍前後で推移しており14年ぶりの高騰が続く。今年は最大の生産地であるブラジルが豊作で全日本コーヒー協会によると今年度の世界のコーヒー生産は前年比9.6%増の834万トンとみられている。さらに、米国農務省によると今年度の世界のコーヒー消費量は、対前年比3.4%減の786万トンと見込まれているのだ。新興国の消費は確かに増加傾向にはあるが、そのシェアはいまだに2割に満たない。先進国での消費減の影響の方が、ずっと大きいのだ。供給が増加し、需要が減少すれば、普通は価格が下がる。それなのに、なぜコーヒー豆が急騰しているのか。

答えは一つしかない。 「投資ファンド」が再び動き始めたということだ。


グァテマラの平均的なコーヒー園
  相場の上昇自体は生産者に対する一時的なメリットは大きい。
グァテマラの生産地で出会った生産者達も総じて表情は明るかった。
メキシコの南、ホンジュラスの北側に位置しメキシコを除く中米最大のコーヒーの生産国グァテマラ。

豊かな降雨量と肥沃な火山灰土壌、そして適度な気温、山から吹く冷たい風と峡谷からの暖かな風などコーヒー栽培に恵まれた栽培条件のもとで高品質を保っているサスティナブルなセイラン農園は100年以上の歴史を誇りダルシュ・エスベミア氏によって運営されており、グアテマラ県ビジャ・カナーレス市のアマ ティトラン湖南東に位置している。
 

通常のゲイシャ種よりは収穫は多そうだ

 
麗に整備された精製処理機
 

農園面積は120haでアラビカ豆はブルボン種とゲイシャ種(有名なゲイシャ種とは異なる様だ)の2種。

園内には労働者の為のコミュニティスペース(清潔な休憩所や教会など)が設けられている。
(一見すると製品品質と直接関わり合いのなさそうな要素だが農園主の人柄を推し量る上では重要な項目)

もちろん全園自然環境にも配慮され全てのプラントはシェードツリーの下で栽培されおり農園内の生態系を維持させるために、シェードツリーには自生林を利用。

麗に整備された精製所でパルピングされた果肉はミミズを利用した有機肥料(除去されたコーヒーの果肉を食べさせその糞を利用)に生成されこれを土壌に施肥する循環サイクルを実施していた。まさにサステイナブル運営の見本の様な農園だった。

 
収穫の為に森の中へ

グアテマラの古都アンティグアはアグア火山、アカテナンゴ火山、フエゴ火山に囲まれた盆地で、火山がもたらした豊かな土壌は軽石を多く含み、年間を通して一定の湿度を維持している。 また、日中は燦々と日差しが照りつける反面、夜間は山から谷底に冷たい空気が吹き付けるため昼夜の寒暖の差を生み出しておりしっかりと締まった硬いコー ヒー豆の生まれる素地になっている。最高品質のコーヒーを作る自然条件が揃ったアンティグアはグアテマラで最初にコーヒー栽培が始まった伝統も加わり、最高品質の代名詞と言われる。

 

グァテマラ女性の好んで身に付ける衣装は園内にとても映える。ちなみに衣装の柄は村々で決まっている様で柄を見ただけで出身地がわかるらしい
 
収穫前の選別作業は品質に関わる重要な行程
  1871年からコーヒーを栽培するウリアス農園。アンティグアでも最も伝統ある農園のひとつだ。現在の3代目農園主ヘクター氏は完全に完熟した実のみをピッキングするのが信条で我々との付き合いも古い。

恵まれたテロワールが生み出す豊かなフル・ボディと完熟果実のフレーバーに加え上品でクリアーな酸味に魅せられたファンも多い。(私もそのひとりだが)
 

山間の農園に夕暮れが訪れる
  訪れた際は収穫期の終盤で園内に多数のピッカー(コーヒーを手摘みするワーカー)が入るコーヒー園が最も賑やかになる季節だったが、未完熟のまま枯れた木が並ぶエリアも残り、少し様子がおかしい。

聞くと記録的な多雨に見舞われた為に多数の木が枯れ、収穫見込みは700〜800袋(年平均1000〜1300袋)にまで半減するという。
 

我々の出来る事は限られるもヘクター氏の信条が「完熟手摘み」なら私は「やってみる」が信条。彼らへの「支援として何が出来るか?」という大きな宿題を抱えて産地を後にした。

 
アグア山をバックに記念撮影。ちなみにこの山は「世界で2番目に美しい火山」と呼ばれる。一位はもちろん…

今回のコーヒー豆の急騰は「投資ファンド」がもたらしたバブルであることは二つのことから推測がつく。一つは、原油、小麦、大豆、砂糖からゴムに至るまで、あらゆる一次産品の価格が急騰しているということ。もちろん、それらの需要が急増したり、供給が極端に減ったわけではない。

もう一つの根拠は2010年11月にアメリカが6000億ドルにおよぶ追加金融緩和を実施して以降、コーヒー豆の相場が一段高になっているということだ。 もちろん金融緩和そのものがいけないわけではない。リーマンショックで傷ついた経済を立て直すために、先進各国は一斉に資金供給を拡大した。しかし、その資金は不況から経済を救うだけでなく、副作用として「投資ファンド」も救ってしまったのだ。

公正な取引を「フェアトレード」と言うなら、現在の状態は「アンフェアトレード」か?
価格の高騰は生産者に一時的なメリットをもたらすも消費者離れを起こし、結果一次産業従事者にそのツケは回って来る。ましてや災害に見舞われ疲弊したヘクター氏の農園など何をいわんやである。

 

現地の子供にとってコーヒー農園は両親の職場であり最高の遊び場でもある
 

一次産品価格の高騰は、低所得層だけでなく、世界中の人々の生活を脅かすのだから投機そのものを防ぐ手立てを考えなければならない。もちろん、世界は問題を認識している。

2011年2月19日に閉幕したG20(主要20カ国・地域財務相中央銀行総裁会議)では、商品市場に流入する投機資金をどのように規制するのかという議論が行われた。しかし、フランスが規制強化を主張したのに対して、米国は規制に慎重な姿勢を貫いた。リーマンショックであれだけひどい目にあったのに、まだ米国は反省していないのだ。

米国では金融界―政界―学会の鉄のトライアングルが強固で、資本の動きに対する規制は極めて難しい。(もっとも一番悪いのは投機規制に関して何も発言しない日本なのかもしれないが)

 
「投資ファンド」の規制にコーヒーマンが果たせる役割はないだろうが、コーヒー産業を守るのは我々の義務だ。コーヒーの価格はそこに携わる全ての人間に適正な利益をもたらすものでないといけない。

2001年のコーヒークライシスを例にとればこのバランスが突然大暴落にふれる可能性も十分あるが、私はこの2011年を「第2次コーヒークライシス」考 えるのではなく、生産者と消費者をWin-Winの関係でつなぐ「サステイナブルコーヒー元年」となる様「出来ることから」始めていきたいと思う。
ヒロコーヒー
焙煎責任者 山本光弘